• 君を見つけた日 Knock! Knock! Heaven's Door 解説

    今回のプロデューサー、安藤芳彦です。僕が松原正樹氏と出会ったのはパラシュートに参加した1979年でした。林立夫氏から誘いを受けた時、演奏家としてこれといった実績もない自分は、最初は作家として参加する気でいました。どういう経緯でメンバーになったのかはっきり覚えてはいませんが、初めて集まった赤坂のリハーサルスタジオで、ほとんど初対面の凄腕ミュージッシャンと言われるメンバーの出す音は本当に素晴らしいものでした。僕は歌詞にコードを書いた紙切れを渡しただけですが、2,3回練習しただけでほとんど完成形に近いところまで出来上がってしまった衝撃をよく覚えています。その最初の出会いの時から松原正樹のギターは常に歌に寄り添うように支えてくれました。僕も松原正樹も二十代半ばの頃です。彼の「歌を支える」というその姿勢は生涯変わりませんでした。全ての源は音楽に対する愛情だと思います。どうしたら自分が格好良く見えるかよりも、どうしたらその曲がもっと素敵に聞こえるかを最優先する姿勢には、今でも教えられる事が沢山あります。このCDはそんな松原正樹の音楽に対する愛情いっぱいの音を、その曲名と共にそのまま使用しています。敬愛するボーカリストのブレッド&バターの岩沢幸矢氏と一緒に、ギターのために書かれたインストの曲を「歌」にする試みは、ある意味無謀な挑戦でした。それが、一日も早く、皆さんに聞いて欲しいと思うまでのCDになりました。正直な所、予想以上の出来上がりです。 今でもまだ見えない所で松原正樹が支えてくれている気がしてなりません。

    1. Dream

    2008年に発表の「松原正樹 HUMARHYTHM-5」に収録された美しいバラード。 今回はインストの曲名を全部そのままに歌詞を書いています。作詞をする時に最も重要なのは曲名を付けることです。作詞家と呼ばれる人なら誰でも知っている事です。Dreamというタイトルを元に歌詞を書いたのですが、何故かその時の記憶が全くありません。曲を聞いているうちに自然に歌詞が浮かんで来るという理想的な状態だったのでしょう。幸矢さんが初めて声にして歌った瞬間、僕は一人のオーディエンスになり、うっとり聞いているという幸せな経験をしました。

    2 君を見つけた日

    2014年発表の松原正樹最後のアルバム「現実と幻覚」に収録。 この曲は岩沢幸矢のソロアルバム「マストの日時計」にも収録されています。今回もう一度、新たな気持で歌い直してもらいミックスしました。一段と奥行きと広がりを感じる出来になりました。私は松原正樹に「この君って誰のこと?」と聞いた事はありませんが、松原家の玄関先で保護された子猫の事だと直感しました。先日、全てのレコーディングが終わってから、松原正樹の長年の音楽と人生のパートナー南部昌江さん(松原昌江)に聞いた所「もちろんニャンの事よ、知らなかったの?」との言葉から確認することが出来ました。その茶トラのニャンも今は虹の橋を渡り、遺骨は那須のスタジオの広い庭の片隅に眠っています。可愛い手作りのメモリアルサークルには色とりどりの花がたくさん咲いていました。

    3 港に向かう坂道

    2014年発表の「現実と幻覚」に収録。 そのライナーノーツにとても興味深い記述があります。パラレルワールドに関する記述です。その記述が今回このアルバムを作る動機にもなりました。歌詞は私がとても信頼しているシンガーソングライターの兵藤未来に依頼しました。「ネコを主人公にして」と伝えた訳でもないのに、まるでアニメーションの短編映画を見ているような素敵な歌詞が届きました。ボーカルのレコーディングの時に、僕はだんだん幸矢さんが不思議な不老不死のネコに思えてきました。お洒落なフランス映画のテーマ曲のように仕上がって大満足の1曲です。

    4 きっといつか

    2014年発表のアルバム「現実と幻覚」のエンディング曲。 この曲はある意味とても意味深い曲です。松原正樹の生涯最後のアルバムの最後の曲です。何か特別な意味があるのでしょうか。また、そのメロディは到底ギターで作曲したとは思えません。松原正樹の作曲した曲の中でも特にブレスの位置が「歌そのもの」なのです。旋律が人間の呼吸に自然にフィットしています。人が歌うことを前提に作曲したのでしょうか。その秘密がミックスをしている時に分かりました。生ギターのトラックをチェックしている時に、どこからか口笛が聞こえたのです。最初はスタジオにいる誰かが口笛でメロディーをなぞっているのかと思い、周囲を見回しましたが自分以外に誰もいません。それは松原正樹の口笛でした。口笛を吹きながらギターでメロディを弾いていたのです。「だからメロデイの息継ぎが、こんなに自然なのか」と一人で納得していました。「きっといつか」という曲名もとても重要で、松原正樹の音楽に対する謙虚な姿勢、理想の音楽を追い続ける祈りに近い気持ちが表れているように思います。

    5 夜明け前

    2014年発表の「現実と幻覚」に収録。 素晴らしいメンバーによる最高のグルーヴを堪能して下さい。「白タマ(全音符)だけもグルーヴしている(松原談)」岡沢章のBASSとピッタリ息の合った渡嘉敷祐一のドラム、そこに「待ってました!」松原正樹のワウのカッティングです。エルトン永田、南部昌江の織りなすキーボードの煌めきの中、岩沢幸矢のボーカルが大人の夜を彩ります。ん~、もう最高! 「松つぁんがソロ弾いた後に歌い出す時の気分が最高なんだって、サッちゃんが言うんだよ~」と、とても嬉しそうに松つぁんが語っていたのを覚えています。岩沢幸矢が歌う事でギターソロが一段と心に響きます。そう感じるのは僕だけでしょうか?

    6 Snow Dancer

    2000年発表のHUMARHYTHM-1に収録。 二十世紀末、僕は松原正樹、南部昌江と“ ON-DO ”というユニット組んでCDを一枚作りました。打ち込み全盛の時代、DTMが音楽界を席巻し始めた時代です。そんな時、敢えて松原正樹は生演奏、人間のグルーヴを中心に据えたシリーズ、HUMARHYTHM(ヒューマリズム)を展開します。20年近く前、僕はこの第一弾のアルバムに収録される曲にタイトルを付けて欲しいと依頼されました。ですからこの曲だけは誕生から少しだけ自分が関わっていた事になります。冬景色の中を駆け抜ける疾走感を感じ、迷わず「Snow Dancer」と名付けました。巨匠、村上“ポンタ” 秀一と、ジャニーズ事務所のアイドルだったという異色の経歴を持つスーパーベーシスト松原秀樹、カラフルでアカデミックな三沢またろうのリズム隊は、その強面の風貌とはうらはらに繊細なグルーヴでメロデイラインを支えています。名人、島 健の奏でるRhodesも、キーボーディストなら誰でも「こんなふうに弾けたら」と憧れるような名演奏。その全てがここに記録されています。

    7 Rocking Chair

    2002年発表のHUMARHYTHM-2に収録。 「Rocking Chair」は松原正樹のプライベートレーベルの名前です。亡き母に贈る約束だったロッキングチェアー、残念ながら間に合わなったそのプレゼントをレーベルの名前にした事をライナーノーツで知りました。この世界で無償の愛情は子供に対する母親の愛情だと思います。人間に限らず、犬でも猫でも、ペットでも、家畜でも野生動物でも、子供に対す母親の愛情は変わりません。全ての命を生み出す母という存在に感謝を捧げる一曲です。


    最後までお読み頂き、ありがとうございました。
    なお文中、敬称を略させていただきました事をお詫び致します。

    安藤芳彦


    【安藤芳彦プロフィール】
    1953年11月7日 東京出身 / 1978年、和光大学在学中に細野晴臣、大滝詠一両氏をゲストに、HOLD-UP 「島まで10マイル」でデビュー / 1979年、林立夫、斎藤ノブ、松原正樹、今剛、マイクダン、小林泉美、井上鑑と PARACHUTE 結成 / 1983年、芳野藤丸、松下誠、渡辺直樹、岡本郭男と AB’s を結成、英国発売。日本語の歌 「Déjà vu」 は英国のヒットチャート17位に記録され、今も海外のファンに支持されている。 その後は主に作詞家として活動、村田和人「一本の音楽」、SHOW-YA 「限界LOVERS」を始め、アイドルからアニメ 「うる星やつら」、「ガンダム」など1千曲ほどの作品を発表。趣味はヨット。現在は瀬戸内海の古い港町に在住。

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